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二河(上・下)井手跡|呉市の文化財

二河(上・下)井手跡 
にこう(うわ・した)いであと

二河(上・下)井手跡


市史跡 昭和55.10.1

 昔,灰ケ峰のふもと(現在の片山から辰川,伏原辺りまで)は,水不足に悩まされていました。そこで享保9年(1724年)庄屋の熊崎新左衛門が中心となり,二河川の水を現在の上山田小学校付近で流すことができる水路(下井手[したいで]・約5キロ)を計画。延べ1万人が工事に参加し約2か月で完成させました。さらに数年後,上井手(うわいで)(約4キロ)も完成し水不足に困ることはほとんどなくなりました。当時は,水路に傾斜をつけるため,ちょうちんを持つ人々が一列に並び,明かりの高い低いで水路の勾配を測ったそうです。

 今では井手の原形はほとんど残っていませんが,二河峡の上井手の水の取水口(国登録有形文化財)などが残っており,江戸時代の遺産は,今もなお宮原浄水場へと水を送り続けています。

所在地

二河峡公園(大字荘山田村)

交通案内

「上山手橋」バス停下車,徒歩約25分