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昭和地区の今と昔


地域情報 概況 沿革 主な団体の活動

概要

昭和地区の世帯数14,641世帯
昭和地区の人口34,393人
昭和地区の面積27.76km2

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概況

 昭和地区は,呉市の北西部(中央付近は東経132度34分,北緯34度17分)に位置し,面積約28平方キロメートル,人口約3万6千人の,周囲を緑の山々に囲まれた自然豊かで閑静なまちです。
 東は郷原地区,北は安芸郡熊野町,西は広島市安芸区矢野,安芸郡坂町及び天応地区,南は吉浦地区及び中央地区に接しています。
 昭和30年代後半から,大規模な宅地造成とともに,芸南地域のベットタウンとして急速に発展を遂げてきましたが,近年は宅地開発も減少し,人口は平成17年をピークにゆるやかな減少傾向にあります。
 地区内には,大規模小売店舗が7店舗営業していますが,都市計画道路焼山押込線の一部供用開始に伴い,新たな商業施設等の開発動向もうかがえます。
 また,苗代工業団地も現在,造成・分譲中で,今後は,企業立地による新たな就業者・転入者の増加が期待されています。
※『昭和地区のあゆみ』(呉市昭和地区自治会連合会・呉市昭和地区社会福祉協議会)を参考にしています。

沿革

(平成28年1月末現在)

年(西暦)地区人口できごと
文政818252,509人 
明治61873 「秉彝(へいい)館」設立(現在の昭和西小学校)。
安芸郡苗代村に「開成舎」、栃原村に「心誠舎」が創立(明治9年に統合、現在の昭和東小学校)
明治221889 「町村制」公布。焼山村、本庄村(苗代、栃原、押込、平谷、川角で形成)。
童謡「足柄山」を作曲した天才作曲家「藤井清水」焼山村で生誕。
明治421909 神山~苗代~郷原村道開通
明治431910 呉熊野道路開通
大正61917 苗代~熊野村道路完成
大正71918 本庄水源地工事竣工
大正151926 呉~苗代~熊野バス開通
昭和21927 焼山鍋土~呉市(二河町)道路開通
昭和41929 呉~焼山~押込間バス開通
昭和61931 本庄村(うち苗代、栃原、押込地区)と焼山村が合併して昭和村となる
昭和221947 昭和中学校創立
昭和271952 昭和西、昭和東公民館落成
昭和3119563,695人昭和村、呉市と合併
昭和331958 天応~焼山~苗代~郷原線バス開通
昭和361961 焼山坂岡に初の団地造成工事着工。以降,順次団地造成
昭和441969 昭和西小学校分校(現在の昭和中央小学校)設置
昭和461971 呉消防署焼山出張所設立
昭和西公民館昭和支所同所となる
昭和471972 呉市斎場焼山町に移転
昭和511976 昭和南小学校創立
昭和521977 昭和北小学校創立
昭和531978 昭和北中学校創立
灰ヶ峰自動車道開通
昭和541979 昭和東公民館新築移転
昭和571982 野外活動センター完成、循環バス運行
昭和581983 県立呉昭和高等学校創立
昭和621987 昭和市民センター完成(昭和支所、昭和公民館(旧昭和西公民館)、昭和図書館、呉消防署焼山出張所)
平成81995 堀切焼山南線完成
平成101998 呉平谷線上二河トンネル完成
平成122000 広島労災特別介護施設「ケアプラザ呉」完成
平成20200835,801人新焼山トンネル(焼山押込線)供用開始

 

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