令和8年6月30日(火曜日)、13時30分から呉市役所1階新日本造機ホールで「令和8年度呉市戦没者戦災死者及び旧呉鎮守府管内非戦闘員殉職者合同慰霊式」を開催しました。
約400名の方々が参列し、平和の礎として尊い命を失われた方々に哀悼を捧げるとともに、悲惨な歴史と平和の大切さを後世に伝えていくための決意を新たにしました。
また、先の大戦や空襲の記憶を風化させず次世代へ継承するため、呉市立呉高等学校1年次生約160名が式典に参列しました。 式典では、生徒代表による「平和の誓い」と「花束の献花」が行われ、閉式後の一般献花では生徒全員が献花をしました。

(写真左)新原市長による式辞 (写真中央)呉市立呉高等学校生徒による平和の誓い (写真右)参列者による献花の様子
日時
令和8年6月30日(火曜日)13時30分~14時30分
場所
呉市役所1階 新日本造機ホール
出席者
御遺族、市民、地元選出国会議員、国・県等関係機関ほか
次第
(1) 開式
(2) 国歌斉唱
(3) 黙祷
(4) 呉市長式辞
(5) 広島県知事追悼の辞
(6) 広島県議会議長追悼の辞
(7) 呉市議会議長追悼の辞
(8) 遺族代表追悼の辞
(9) 呉市立呉高等学校生徒代表による平和の誓い
(10)献花
(11)追悼吟詠
(12)呉市歌斉唱
(13)閉式
市長式辞
本日ここに、戦争で犠牲となられた方々を追悼するに当たり、ご挨拶申し上げます。
多くの尊い命が失われた先の大戦から、81年の歳月が過ぎ去ろうとしています。
顧みますと、この大戦では、多くの方々が祖国の平和と発展を願い、故郷の家族の無事を念じながら帰らぬ人となりました。
また、郷土呉では、激しい空襲によりかけがえのない多くの市民の命が失われました。
ここにあらためて、戦争で亡くなられた皆様に対し、心より哀悼の意を表します。
そして、最愛の肉親を失いながら、懸命に生きてこられたご遺族の皆様の長年にわたるご労苦に対しまして心から敬意を表します。
世界各地では、今もなお武力による紛争やテロ、自由や権利の抑圧などが絶えず、連日のように多くの命が危険にさらされています。
そうした中、私たちがわが国において日々豊かな暮らしを享受しております、平和と繁栄は 尊い犠牲の上に築かれていることを忘れてはなりません。
そして、戦争の悲惨さと平和の尊さを風化させることなく、後世に伝えて参ります。
呉市が、将来にわたり平和で自由な、そして、健康で心豊かに笑顔で暮らしていくことができるまちであり続けますよう、呉市長として、今後も、市民の皆様とともに力を尽くして参りますことをお誓い申し上げます。
亡くなられた皆様には呉市を見守っていただきますよう、また市民の皆様には、ご理解とお力添えをいただきますようお願いいたします。
最後に、ご遺族の皆様のご多幸とご健勝をお祈りして、私のご挨拶といたします。
令和8年6月30日 呉市長 新原 芳明
平和の誓い
昭和20年。7月1日深夜から2日にかけて呉市街地は大空襲を受け、町は火の海となり、見渡す限り一軒の家も、1本の木も、電柱も、何一つなくなってしまいました。そして、多くの尊い命が奪われました。
その空襲から81年という年月が経ち、私たちは呉市の高校生として、本日合同慰霊式に参列する機会を与えていただきました。
呉市に住む私たちは、小中学校の時から、呉空襲について学んできました。しかし、私の祖父も祖母もこの空襲を知らない世代です。私たちは、「資料館」や「語り部の方のお話」や「体験手記集」で、あの日のことを学んでいます。
今、私たちが享受している、この平和な暮らしは、あの悲惨な戦争で失われた、多くの尊い命の犠牲の上に成り立っています。そして、生き残った方々が、様々な苦難を乗り越えながらご尽力されたことで、この呉の町が復興していきました。私たちは、そのことを決して忘れてはいけません。
しかし、世界では、ロシアとウクライナの戦闘や、中東情勢も予断を許さない状況にあるなど、現在でも戦争によって多くの尊い命が失われています。これらのことは、国際社会の一員である日本においても決して他人事ではありません。今こそ、私たち1人1人が、人類の未来を真剣に考えて行動していく時だと思います。
呉市で学ぶ1人として、呉空襲で犠牲になられた多くの方たちの思いを語りつぎ、この平和な時代をつくってくださった多くの先人のことを忘れることなく、日本のため、呉市のため、精一杯努力し、この平和な社会を守り、引き継いでいくことを、本日、決意を新たに、ここにお誓いいたします。
先の戦争で亡くなられた方々に対して心より哀悼の意を表し、平和の誓いといたします。
令和8年6月30日 呉市立呉高等学校 生徒代表 吉岡 美稀