| 軍港として栄えた半世紀余りの歴史を礎に 21世紀へと向かう新たなる海洋拠点・呉港 |
| 呉は明治の初めまでは名もない漁村でしたが、明治19年の海軍鎮守府設置、明治36年の海軍工廠設立により一変しました。 膨大な国家予算と5か年の歳月を費して呉港一帯は画期的な変革を遂げ、終戦までの約60年間軍港として隆盛をきわめ、 いわゆる呉の歴史は海軍とともに栄えましたが、終戦を機に軍港としての役割に終止符が打たれました。 その後昭和26年に重要港湾の指定を受け、昭和27年呉市が港湾管理者となり、 港の運営体制が確立されて諸施設の復旧整備が進み、貿易港として生まれ変わったのです。 今日の呉港は鉄鋼・造船・機械などの臨海工場群を背景とした工業港として、また海上交通の要衝として重要な役割を果たしています。 |
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| すずらん燈のついた本通 (本通3丁目) |
最終艤装中の大和(呉工廠) 昭和16年9月20日 |
| 長寛 2年 | 1164年 | 平清盛、音戸の瀬戸を開削 |
| 貞享 3年 | 1686年 | 宮原村の呉浦を呉町と呼ぶようになる。 |
| 明治22年 | 1889年 | 呉鎮守府開庁、軍港の形態が確立する |
| 明治33年 | 1900年 | 軍港要港規則制定、川原石港、商港区域に認定される |
| 明治36年 | 1903年 | 呉海軍工廠設立(造船、造兵の二廠を合体改称) |
| 大正11年 | 1922年 | 呉港指定港となる(内港川原石、外港吉浦) |
| 昭和 5年 | 1930年 | 阿賀港及び長浜港を指定港に編入 |
| 昭和15年 | 1940年 | 呉工廠において戦艦「大和」進水式 |
| 昭和17年 | 1942年 | 広島県最初の運輸省(当時内務省)直轄工事として仁方地区着工 |
| 昭和20年 | 1945年 | 米軍進駐。陸・海軍省廃止(呉工廠閉鎖) |
| 昭和23年 | 1948年 | 呉港貿易港に指定される(開港) |
| 昭和25年 | 1950年 | 旧工廠地区施設、米軍から正式返還 |
| 昭和26年 | 1951年 | 音戸瀬戸開削工事開始(直轄工事) 呉港重要港湾(準特定重要港湾)に指定される 検疫港に指定される |
| 昭和27年 | 1952年 | 呉港港湾区域認可。呉市が港湾管理者となる |
| 昭和29年 | 1954年 | 関税法公布。開港区域設定。海上自衛隊呉地方総監部開設 |
| 昭和32年 | 1957年 | 呉市が大屋漁港の管理者となる |
| 昭和33年 | 1958年 | 音戸瀬戸開削工事完了 呉中央第一桟橋使用開始。米穀類の輸入港に指定される 呉市が情島漁港の管理者となる |
| 昭和35年 | 1960年 | 呉港臨港地区の分区を指定 |
| 昭和37年 | 1962年 | 木材輸入港に指定される |
| 昭和44年 | 1969年 | 宝町ふ頭完成(同年使用開始) |
| 昭和46年 | 1971年 | 広ふ頭及び呉中央フェリー岸壁完成(同年使用開始) |
| 昭和49年 | 1974年 | 仁方桟橋完成(同年使用開始)。小坪住宅団地埋立竣功 広東大川工業用地埋立竣功 |
| 昭和50年 | 1975年 | 川原石(西)地区埋立竣功(同年使用開始) |
| 昭和56年 | 1981年 | 川原石(南)地区岸壁(−10メートル)完成 港湾隣接地域を指定 |
| 昭和57年 | 1982年 | 川原石(南)地区埋立竣功(同年施設使用開始) |
| 昭和62年 | 1987年 | 広廃棄物処理場完成 呉港臨港地区の分区を変更指定 |
| 昭和63年 | 1988年 | 警固屋地区埋立竣功 |
| 平成 3年 | 1991年 | 広多賀谷地区ふ頭用地竣功 |
| 平成 4年 | 1992年 | 川原石緑地完成(同年使用開始) |
| 平成 5年 | 1993年 | 広多賀谷地区岸壁(−5.5メートル)完成(同年使用開始) |
| 平成 8年 | 1996年 | 阿賀マリノポリス地区埋立(T工区)竣功 宝町岸壁(−5.5メートル)(耐震強化岸壁)完成 |
| 平成12年 | 2000年 | 呉中央桟橋ターミナル完成 呉港港湾計画改訂 |
| 平成13年 | 2001年 | 宝町埋立地全体竣功 温州港と友好港提携 呉港臨港地区の分区を変更指定 |
| 平成18年 | 2006年 | 阿賀マリノポリス地区埋立(U工区)竣功 |
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