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「歴史とものづくりのまち」呉の主なあゆみ


「歴史とものづくりのまち」呉の主なあゆみ

呉市の主なあゆみを年表にまとめました。

◆「歴史とものづくりのまち」呉の主なあゆみ [PDFファイル]

◆呉市の人口推移 [PDFファイル]

時代・年月

主なできごと

 

古墳時代(4世紀頃)

(蒲刈)蒲刈町大浦で土器を用いて製塩開始(沖浦遺跡(現県民の浜))

推古26(618)年
~宝亀9(778)年

(倉橋)安芸国で遣唐使船建造(「日本書紀」「続日本書紀」)

仁安年中
(1166~1169)

(安浦)西行法師が厳島神社へ参詣途中に高富浦に風待ちで寄港

仁安2(1167)年
2月

(音戸)平清盛,厳島神社参詣

江戸時代初期

(下蒲刈)三ノ瀬に本陣・番所・茶屋が整備され,西国大名・朝鮮通信使・琉球使節などが寄港

寛文6(1666)年

(豊)御手洗で屋敷地町割りの許可を得て,町場が形成される

元禄6(1693)年

(豊浜)豊島の漁師徳右衛門らが尾久比二窓の鳥付網代(アビ漁場)発見

安政6(1859)年

(川尻)上野八重吉が出雲・熊野から筆職人を雇い,川尻筆の製造開始

明治22年  7月

呉鎮守府開庁

明治35年10月

和庄町,荘山田村,宮原村,二川町を合併して呉町となり同時に市制を施行     人口 57,169 人

明治36年11月

造兵・造船の2廠を合わせて呉海軍工廠となる。

明治36年12月

呉線(呉~海田市)鉄道開通

明治42年10月

市内電車(西本通~本通9丁目)開通  日本で6番目(呉電気鉄道(株))

大正  7年  4月

海軍上水道分水工事完成  一般給水を開始

昭和  3年  4月

吉浦町,警固屋町,阿賀町を呉市に合併  人口 169,095 人

昭和  3年12月

松本 清 作詞,藤井  清水  作曲の「呉市歌」を正式に市歌として告示

昭和10年11月

三呉線(呉~糸崎)開通

昭和15年  8月

世界最大の戦艦「大和」進水

昭和16年  4月

賀茂郡広村,仁方町を呉市に合併  人 口 259,584 人

昭和18年

人口 404,257 人となり過去最高となる

昭和20年  7月

呉空襲(第3回空襲)  市内中央部壊滅  死者 1,817 人,被災家屋 22,168 戸

昭和20年  9月

枕崎台風  死 者 1,154 人

昭和20年11月

戦後初の人口調査実施  人口 152,184 人

昭和25年  6月

旧軍港市転換法公布施行

昭和26年  8月

旧呉工廠をNBC呉造船部として開所

昭和31年10月

天応町,昭和村,郷原村を呉市に合併  人 口 209,987 人

昭和42年  7月

昭和42年7月豪雨  死 者 88 人 負傷者 467 人

昭和42年12月

市内電車廃止

昭和47年10月

呉市民憲章及び呉市民の花「つばき」呉市民の木「かし」と決定

平成11年  6月

梅雨前線集中豪雨  死 者 8人 2時間雨量  136 mm

平成12年11月

特例市指定

平成13年  3月

芸予地震発生  震度5強  死者 1人

平成14年10月

呉市制100周年記念式典開催  人 口 203,034 人

平成15年  4月

安芸郡下蒲刈町と合併  人 口 206,220 人

平成16年  4月

豊田郡川尻町と合併  人 口 213,549 人

平成17年  3月

安芸郡音戸町,倉橋町,蒲刈町,豊田郡安浦町,豊浜町,豊町と合併         人口 259,224 人

平成28年  4月

中核市指定  人 口 232,393 人

 

呉市を含む旧軍港四市が「日本遺産」に認定

平成29年  2月

呉市公式キャラクター「呉氏」誕生

平成29年10月

朝鮮通信使関連資料がユネスコ「世界の記憶」に登録

平成30年  5月
平成30年  7月

「北前船寄港地・船主集落」が「日本遺産」に認定平成30年7月豪雨災害  死 者 25 人 負傷者 22 人

 平成31年(令和元年)呉鎮守府開庁130周年  人口  221,718 人(令和元年11月末現在)

 

 

 

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