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長渠の碑(宮原)|文化財訪ね歩き


明治以前の二大治水事業 長渠(ちょうきょ)の碑  -宮原-

長渠の碑
長渠の碑

長渠の碑地図
呉駅から系統番号2・3番の広電バスに乗り子規句碑前バス停下車。
歴史の見える丘を通ってどうぞ。  

 江戸時代まで、現在の室瀬町から市民広場にかけて、 川の増水による洪水の被害をしょっちゅう受けていました。 そこで江戸時代後期(1817年)、時の宮原村庄屋の青盛爲藏を中心に、洪水を防ぎ、 かつ、水不足に悩む洗足(現在の海上自衛隊呉地方総監部裏辺り)へこの余水を流そうと、 約180mのトンネル式の放水路を7カ月をかけて掘削しました。 この「宮原の長渠」は今では埋没していますが、 「二河の井手」と共に明治以前の二大治水事業として、歴史上高く評価されています。

 長渠の碑は、洪水と闘い治水に精魂を傾けた先人の業績を讃えるため、 広島藩の儒学者加藤棕廬(景纉)が碑文を書き、建立しました。 碑はもともと長渠の水が落下する場所(呉地方総監部裏)にありましたが、 現在は宮原小学校の校庭に移設され、「歴史の見える丘公園」と共に歴史めぐりの格好のルートになっています。 宮原公民館では「3世代ふるさとウォークラリー」で、先人の業績を地域に伝えています。

問い合わせ先

文化スポーツ部 文化振興課 文化グループ

電話 0823-25-3462