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長渠の碑|呉市の文化財

長渠の碑 
ちょうきょのひ

長渠の碑


市史跡 昭和41.10.1

 江戸時代まで,現在の室瀬町から市民広場にかかる地域は,川の増水による洪水の被害を頻繁に受けていました。そこで文化14年(1817年),当時の宮原村庄屋の青盛為蔵を中心に,洪水を防ぎ,かつ,水不足に悩む洗足(せんそく)(現在の海上自衛隊呉地方総監部裏辺り)へこの余水を流そうと,約180メートルのトンネル式の放水路を7か月かけて掘削しました。この「宮原の長渠」は,今では埋没していますが「二河の井手」とともに明治以前の二大治水事業として歴史上高く評価されています。

 長渠の碑は,洪水と闘い治水・精魂を傾けた先人の業績をたたえるため,広島藩の儒学者加藤椋廬が碑文を書き,建立しました。正面は「長渠之碑」とあり,碑文は左側面,裏面および右側面にわたって刻されています。碑はもともと長渠の水が落下する場所(現在の呉地方総監部裏の階段あたり)にありましたが,現在では宮原小学校の校庭に移設され歴史を伝えています。

所在地

宮原小学校(宮原4丁目)

交通案内

「宮原5丁目」「子規句碑前」バス停下車,徒歩約2分